おいしいごはんの炊き方
本当においしいものを食べたとき。好みの上質なものを見つけたとき。人は、声にならないうなずきをするものです。「うん」と。あの人が「うん」と言うものは、どんなものやどんな味なのでしょう?真のおいしさや上質さを知る人々にお話を聞く連載です。
お話を聞いたのは、奈良でカフェギャラリー「くるみの木」やホテルレストラン「秋篠の森『なず菜』」のオーナーである石村由起子さん。ご自宅へ伺い、普段の食や暮らしについて語っていただきました。
エプロン姿でにっこり笑いながら迎えてくれたかと思ったら、石村さんはすぐにキッチンへと戻っていきます。「お昼を作るから、お腹をすかせて来てください」というお言葉に甘えて、お昼ご飯をいただくことになっているからなのでしょう。その姿を追ってキッチンへお邪魔すると、すでに料理はほぼできあがっていて、盛り付けの準備中です。
「料理は段取りが命です。バタバタ慌てたくないでしょう? お客様が来る時はもちろん、普段のご飯でも同じ。働きながら日々の食事もきちんといただきたいから、しっかり段取りしておくようにしています」
見ていると、大きな保存容器にはなすの煮浸しや里芋の煮物などがたっぷり。容器の中にもかかわらず、なすもたけのこもピシッときれいに並んでいて、その美しさに驚かされます。
「こういうことが好きなんでしょうね。保存容器でも関係なく、きれいに並べて入れておきたいんです。開けるたびに嬉しくなるし、盛り付けるときも気持ちよくできるでしょう。このおなすの煮浸しはね、私のおばあちゃんのレシピ。おばあちゃん料理やね。昔ながらの味つけで、おいしいんですよ」
段取りよく進めるコツを教えてください。
食材をよく見て、下ごしらえをきちんとしておくことです。例えば、今回はフキやワラビはそれぞれ茹でたり煮たりしてあります。この後に、混ぜて盛り付けますが、別々に下ごしらえしたものだからこそ、それぞれの食感も良く、色も鮮やかにきれいに仕上がると思うんです。
そうそう、小さい頃、おばあちゃんに聞いたことがあります。「後から一緒に混ぜるんやったら、最初っから一緒にしておけばいいのに、なんで別にしておくの?」と。
おばあちゃんの答えは「自分の目が喜ぶようにしないといかんよ」って。「目が喜ぶ」っていうのは、おばあちゃんの口癖でしたね。味はもちろん、作っている最中から、見ていて楽しくなることが大切なんだと教えられたんです。
お料理をするときに、大切にしていることはなんでしょうか?
季節を感じるものをつくることでしょうか。今日もできるだけ春の食材を使っています。みんなでワイワイ食べる時も、夫婦だけの食事でも、春がきたねって話せると楽しいと思うんですよ。旬のものは栄養もあっておいしいですしね。みんなが楽しんでくれるのがいちばん。喜ばせたいんです。
おばあちゃんが言っていた「目が喜ぶ」っていうことは、自分だけじゃなく、まわりの人のことにも言えますよね。誰かの目が喜ぶような料理が作れたら、自分もうれしいし、また作りたくなる。そうやって繋がっていくものだと思うんです。
旬の味を大切にした料理ができた時、そして、それを一緒に食べる相手が喜んでくれた時、石村さんは「うん」と大きく何度もうなずくのです。
写真:広瀬貴子 文:晴山香織
石村由起子
(いしむらゆきこ)
奈良在住。カフェギャラリー『くるみの木』、ホテルレストラン『秋篠の森「なず菜」』のオーナー。企業の商品開発や町おこしプロジェクトなど幅広く活躍している。著書に「私は夢中で夢を見た」(文藝春秋)などがある。