【Matthew Williams 寄稿】
国際宇宙ステーション(ISS)は、地球の軌道上を周回する最大の実験棟というだけでなく、最先端の設備・施設を備えているという点において、世界でもっとも重要な実験ラボということができるだろう。というのも宇宙生物学、天文学、医学、生物学、宇宙天気・気象学、材料工学など多岐にわたる分野の進歩につながる実験を、微小重力環境で行うことができるからだ。
しかしながら、日本は過去に実験サンプルをISSから回収する独自の手段を有しておらず、早急に確立する必要があった。そこで2018年、JAXAは、タイガー魔法瓶、株式会社テクノソルバと協働して、宇宙から地球に試料を回収するための断熱容器の開発に着手したのである。第1弾のプロジェクトは成功裏に終わり、現在では、ISS―地球間の実験試料輸送を可能にするため、新たな断熱容器開発に取り組んでいる。
1923年に創業したタイガー魔法瓶は、真空断熱容器と熱制御技術の開発を長年にわたり行ってきた。JAXAも、実験試料を宇宙から地球に輸送するための保冷技術を開発する調査を進めていたため、最終的にタイガーの魔法瓶技術を宇宙開発に応用することとなったのである。
そして2018年11月、宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機の大気圏再突入に際して、日本実験棟「きぼう」におけるタンパク質結晶生成実験で結晶化したタンパク質サンプルをISSから地球に帰還させる実証実験を行ったのである。
この実証実験では、実験飼料を格納するために共同開発した真空二重断熱容器(NPL-A100)がHTV搭載小型回収カプセル(HSRC)に搭載された。この回収カプセルは電力による冷却装置を備えていないため、受動型熱制御方式を用いて実験サンプルの温度を一定に保つ必要があったのである。
最終的に、タイガーがステンレス製真空断熱ボトルに用いる技術を応用した結果、重さ約9.7キロの真空二重断熱容器が完成した。タイガー魔法瓶で商品開発グループ 開発第三チーム マネージャーを務める中井啓司氏によると、開発において非常に厳密な条件を満たす必要があったという。
「このミッションで使用した真空二重断熱容器は、実験サンプルの温度を4℃±2℃に4日間以上保ち、また海水着水時には40Gにも達する衝撃に耐える強度を備えていなければなりませんでした」
またサンプルの温度保持のため保冷剤を容器に同梱したという。このミッションは成功を収め、ISSから物資を独自に回収する手段を有していなかったJAXAは大きな目的を達成したのである。このミッション以前は、ISSで研究を進める他の宇宙機関と同様に、JAXAも物資の輸送をRoscosmos(ロスコスモス。宇宙開発全般を行うロシアの国営企業)やNASAに頼らざるを得なかったのである。
タイガーにとっての次のステップは、軽量かつコンパクトで実験サンプルの温度を12日間以上維持することができる容器の開発だった。また複数回以上の利用も前提条件として掲げられていた。これらの要件をすべてクリアすることで「NPS-A100」が完成した、と中井氏は説明する。
「新たな容器の重量は、内部に保冷剤を入れた状態で約4.7キログラム以下、ISSを出発し地球に帰還するまでの12日間以上にわたって実験サンプルの温度を20℃±2℃に維持します。さらに3年以上または6回以上にわたって使用されることを前提としているのです」
このNPS-A100は、2021年初夏に打ち上げが計画されている「スペースX」の「ドラゴン22号機」に搭載されてISSへと向かう予定だ。日本実験棟「きぼう」で結晶化されたタンパク質サンプルをISSから地球に戻すミッションに、再びタイガーの技術が貢献する時がくるのである。
ISSでのタンパク質結晶生成実験は、例えば新しい治療法や創薬など医療の発展に寄与することが期待されている。つまり単に試料を運ぶ断熱容器の開発にとどまらず、このコラボレーションから生まれる技術進化は、商業面・産業面でも無数の応用が想定されているのである。例えば、厳密な温度管理のもと保管しなくてはならない生体試料や試薬の輸送にも貢献することができるだろう。
さらに今後は、電気自動車やハイブリットカーへの応用も検討されている。しかし、もっとも興味深い応用例は、南極大陸やさらには月、火星のような極限環境においても高度な断熱性を実現できる次世代の建築素材ではないだろうか。
「私たちがもつ真空断熱技術の応用の可能性は無限大です」とタイガーは自社のウェブサイトで謳っている。「あらゆる産業の最先端分野をサポートすることで、もっとダイナミックでエキサイティングな未来を実現する一助を担っています」